佐賀ならではの時間や空間の楽しみ方など、通りいっぺんの観光では味わえない濃い深い情報満載です!  PR隊長のはなわさんや優木まおみさんがディープな佐賀へと誘います。

SAGA MAGA

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vol.5

今号の研究テーマ

佐賀市内に馬鉄と路面電車が走っていた!!

 私の家は、以前、旧佐賀駅北の佐賀市神野でしたが、私の祖父が、佐賀弁で「昔は、家の前の道路ば、ちっちゃか電車のはしっよったもんねえ。(昔は家の前を小さな電車が走っていたよ)」と言っており、ホントかなーと思っていました。
 書籍を調べてみると、事実、神野から肥前川上まで、軌間914mm、直流600Vの「佐賀電気軌道」が1937年まで走っていたと、確かに記載されてました。


明治末・大正期の佐賀駅(佐賀市史より)

県庁前を走る馬鉄(佐賀市史より)

佐賀電気軌道

 佐賀電気軌道(川上軌道・佐賀軌道が合併)は、佐賀駅前から肥前川上(現佐賀市大和町)までの7.5キロの軽便鉄道です。軌間は、北部九州に多い3フィート(914ミリ)。開業は、大正2年(1913年)、廃止は、昭和12年(1937年)です。最初は蒸気機関車の運行でしたが、昭和5年(1930年)に電化され、路面電車として運行されています。当時は16分間隔で走っていたそうですので、その姿を想像するだけでワクワクしますね。馬車鉄道・軽便鉄道・路面電車として、佐賀駅-神野 - 上佐賀 - 高木瀬 - 三本松 - 肥前朝日 - 肥前川上の間を、日中ほぼ16分間隔で走っていたそうです。ここに証拠となる乗車券の写真があります。佐賀電気軌道片道乗車券15銭と書かれてます。



 路面電車が走ったのは、第二次世界大戦前のわずか7年間だけでしたが、高木瀬や川上に昔、電車が走ってたなんて、にわかに信じがたいですが、実際走ってたことは川上にその碑が残っています。


肥前川上駅跡に建てられている川上軌道跡の石碑


<碑文> 川上軌道終点停留所跡地
大正二年(一九一三)神野・都渡城間に軽便鉄道が開通し、この地が終点停留場。普段は一両であったが、実相院のお経会や納涼の時は二~三両増やし、かん高い汽笛を鳴らし、黒煙を吐きながら走った。昭和二年(一九二七)川上峡は日本百選に入選し、昭和四年には県立公園に指定され、風光明媚な九州の嵐山として発展。昭和四年、軽便鉄道から川上電車に変わり、電車が走るようになった。昭和一二年に廃止になるまで、多くの人々に親しまれた。開通当初の運賃は神野・都渡城間が一〇銭。(当時の米価六〇キログラム当たり八円二八銭)


馬車鉄道


 旧佐賀駅から水ヶ江を通って諸富までは、馬車鉄道が走ってました。馬が線路の上を走る車を引く鉄道です。19世紀にイギリスで誕生し、日本では、1882年(明治15年)に「東京馬車鉄道」が最初の馬車鉄道として運行を開始し、南は沖縄から北は北海道までの全国に広まっていきました。馬が走った後の糞を集め家庭の燃料にしていたことのあったそうです。しかし、糞尿の処理や給餌などの手間がかからない電車などの登場により、急速に取って代わられる形で馬車鉄道は衰退していきました。


佐賀市水ヶ江には、佐賀から諸富まで走っていた馬車鉄道の跡が残されています。バス停「横小路」のそばです。この記念碑は吉原病院院長吉原正智先生が吉原病院敷地内に私費で建立されたそうです。


 佐賀市内中心部にも、中央大通り、紡績通り、大財通りを通って諸富まで佐賀軌道が走っていました。ここに証拠となるそれぞれの乗車券の写真があります。白山とか与賀町とか佐賀高校前とか水が江とか光法とかの停車場名がとっても新鮮です。



 当時、佐賀の街を、電車や馬車鉄道や蒸気機関車が縦横に走っていたと思うと、昔は佐賀も鉄道の街だったとわくわくしますよね。
でも、そのころの痕跡や、記録したものも佐賀市内にはほとんどありません。もし、貴重な資料等がある方は、ぜひお見せいただければ幸いです!さが鉄道研究会では、資料を集めて、後世に記録として残していきたいと思います。


佐賀軌道路線図

【佐賀軌道】
明治36年(1903年)8月創立、大正8年(1919年)に川上軌道と合併。設備は、品川馬車鉄道会社が使用していた軌条、車輌、馬具などを購入し、翌明治37年2月から佐賀駅から諸富間を運行。


川上軌道路線図

【川上軌道】
大正元年(1912年)設立、大正8年(1919年)に佐賀軌道と合併。佐賀駅から川上都渡城の区間で営業開始、大正5年には、神野踏切から招魂神社までの路線を拡張。


【佐賀軌道株式会社】
大正8年(1919年)8月、営業成績のよかった川上軌道が佐賀軌道を吸収合併し誕生。神野町三ツ溝の元川上軌道会社社屋を本社とし、水ケ江町の元佐賀軌道会社を出張所とした。1927年(昭和2年)12月12日 佐賀電気軌道と社名改称。1937年(昭和12年)8月20日 バスに転換して廃止。
創業時の営業路線は、
川上線(神野町二本松~川上都渡城)/軽便機関車、
中ノ小路線(佐賀駅前~招魂社前)/馬一頭牽、
諸富線(佐賀駅前~諸富)/馬一頭牽

ラボ研究団体

さが鉄道研究会

PROFILE

「さが鉄道研究会」(古賀宏会長)は、鉄道が大好きな人が集う会で、会員数は佐賀を中心に全国に30人ほど。会則はなし。資格は鉄道・列車が大好きな人。現在「えびすFM」で毎週水曜午後8時から、研究会員自らがパーソナリティを務める番組「鉄ちゃんで行こう」を担当している。当番組では、佐賀の鉄道の歴史や文化、鉄道の魅力、楽しみ方など旅の情報を発信している。研究会では、定期的に鉄道に関する主催行事も開催している。