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vol.11

今号の研究テーマ

有明海沿岸ではアカクラゲを食べる?

クラゲには泳ぐ力がほとんどない、水に浮いて漂っている浮遊生物、プランクトン。有明海に生息するクラゲは、昔から沿岸地域の食卓には欠かせないものだった。毒があるともいわれているアカクラゲ食べているのか?アカクラゲの正体に迫ってみよう!

 7月に入ると樽をいっぱい載せた漁船が有明海を埋め尽くす。漁船に乗っている人々は、竿をたれるわけでもなく、ひたすら海面をみつめ、浮いてきた生き物をたも網で引き上げる。引き上げられた生き物は、傘とそれ以外の部分に分けられ、樽にいれられる。船が生き物でいっぱいになると(ならないときもあるけれど)、船は漁港に帰る。生き物がはいった樽は、クレーンで船から降ろされ、トラックに積まれてどこかへ連れ去れる。な~んて書き方をすると不気味な光景だが、これは最近有明海の夏の風物詩になりつつあるクラゲ漁のことだ。今年は残念ながら不漁で、漁師のみなさんはさぞがっかりされたのではないだろうか。



 わたしが佐賀に来たとき、このクラゲたちは厄介ものだった。有明海の研究をしている中でお世話になった漁師さんには「網にひっかかるので駆除して!」と言われた。もちろん当時もクラゲを採る漁師さんは居たし、佐賀の街のスーパーには「クラゲ」として販売されていた。それでも消費量は少なく、漁師さんが総出で獲るようなものではなかった。転機になったのは2012年頃だ。中国のクラゲ流通業者や関係する国内の業者が有明海沿岸の漁業者に買い付けをし、流通網ができた。沿岸には「クラゲ加工場」もでき、クラゲ漁は一気にブームに火がついた。最近では漁業調整員会の指示により漁期、網を入れる場合の条件、網を入れて獲ってはいけない海域(これは主に安全のため)が定められている。


アカクラゲ(ビゼンクラゲ)


 このクラゲは「赤クラゲ」。ただし、この呼び方は有明海地域のみで通用する呼び名だ。正式な名称(学術的には「標準和名」といいます)は「ビゼンクラゲ(学名:Rhopilema esculenta)」である。ちなみに、日本全国でいうところの「アカクラゲ」は別に居る。したがって、有明海地域以外で「いつもアカクラゲを食べてるぞ!」と言おうものなら、「なんであんな毒々しい色の危険なクラゲを食べてるんだ!」ということになる。


 ビゼンクラゲ・・・、ビゼンは「備前」である。今の岡山県だ。昔は瀬戸内海でもクラゲの産地があったのでこの名前がついている。明治時代に岸上鎌吉さんという方が「系統分類学」という研究分野のルールにしたがって整理し「ビゼンクラゲ(学名:Rhopilema esculenta)」ということになっている。
 一方で、有明海地域の地名由来のクラゲもある。ヒゼンクラゲ(学名:Rhopilema hispidum)である。地名がついているということは、昔はおちらの種類が多かったのかもしれないが、それはさだかではない。有明海地域ではヒゼンクラゲを「シロクラゲ」と呼ぶが、全国的に言うところの「シロクラゲ」とは異なる。

 ※下記写真は、国立研究開発法人 水産研究・教育機構 中央水産研究所 サイトより引用


ビゼンクラゲ

ヒゼンクラゲ


 さて、ビゼンクラゲであるが、この漁獲は将来どうなるだろうか? 過去をみるとビゼンクラゲの大量発生は短期間に起きるようだ。1970年後半にあった大量発生はほんと数年で終わってしまったようだ。今回はすでに5、6年続いているが、これは比較的長い方で何時収束するかはわたしにも解らない。なにせ、この原因はまだよくわかっていないからだ。さらにいえば、「ビゼンクラゲが多いときはヒゼンクラゲが少ない」「ビゼンクラゲが少ない時にはヒゼンクラゲは多い」という関係もあるかもしれない。わたしが2005年ぐらいに有明海に来たときはヒゼンクラゲの方が多かったと記憶している。わたしが佐賀大学に赴任したのが2011年であるが、そのときにはビゼンクラゲが圧倒的に多かった。きちんとした学術的なデータはないのでまだなんともいえないが、ビゼンクラゲとヒゼンクラゲは競争しているのかもしれない。今後の研究に乞うご期待というところだろうか。
 果たしてクラゲブームはどうなるか。来年は豊漁になるだろうか? 今後の動きを見守りたい。

 次回は、ビゼンクラゲとヒゼンクラゲ、紛らわしい名のつくビゼンクラゲとヒゼンクラゲの違いに迫ってみよう!




クラゲとキュウリの和え物

●ビゼンクラゲ(アカクラゲ)を使った料理「クラゲとキュウリの和え物
●参考:すみだ水族館「クラゲの魅力」

ラボ主任研究員

有明海研究者

藤井直紀

NAOKI FUJII

PROFILE

1977年(昭和52年)生まれ。広島県広島市出身。広島東洋カープファン。生物海洋学研究者。国立水産大学校にて水産学を学ぶ。広島大学大学院生物圏科学研究科にて学位を取得。愛媛大学沿岸環境科学研究センター(通称:CMES)にて瀬戸内海の環境変化やクラゲに関する研究をしたのち、2011年2月から佐賀大学低平地沿岸海域研究センターに赴任。有明海の環境変化に関する研究に携わるとともに、研究者と一般市民をつなげる「サイエンスコミュニケーション」活動を行っている。研究に熱中するあまり未だ独身(?)。鹿島市を拠点とする任意団体「まえうみ市民の会」副会長。中国地方を拠点に活動するNPO法人ちゅうごく環境ネット副理事長。